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【フリートーク】

宿題(2012年2月12日分)

2012/03/21
by K'z (N)

# 先日、神園さやかさんにお渡ししたものの原文です。

『なぜ神園さやかが好きなのか? 神園さやかじゃなくてはならないのか?』

過日、トークライブの場で突如飛び出した問い掛け。 単純でありながら、実は容易に答えを出すことができないテーマだと思います。 簡単に片付けるならば、「"好き"に理由なんてない。」の一言で済んじゃいますから。 「歌が好き」「声が好き」「ルックスが好き」と言ってみても、すべて後付けの理由に過ぎない気がします。 それらは、もちろん嘘ではありませんがね。 そんなところで、この永遠の難題について私なりに考えてみました。

まず最初に、私が初めて「ナマさやか」を目にした2005年、ビビビッと来た要因は何だったのか、その辺りから探ってみようと思います。 とりあえず、たとえ後付けであろうと敢えて理由付けをするのであれば、その要因はやはり、その声とルックスに行き着きます。 以前、さやかさん自身も言っていた「クセのないのが個性」の歌声と、実年齢よりも若々しく見えるルックスに撃沈してしまったことは、素直に認めましょう。

歌声とルックス。 特にこのふたつについては、昨今やたら過度に背伸びしたようなアーティストさんが多くて、さやかさんの「等身大の魅力」が私の琴線に触れたのだと思います。

ただ、それ以外にも惹かれる部分があったのも事実です。 何よりもさやかさん自身が、とても楽しそうにいきいきと歌を歌う姿が素晴らしかったのでした。 それは、まさに「キラキラ」という形容がドンズバ(←死語だな)なほどでした。 選曲に関しても『青春の坂道』や『夢をあきらめないで』など、知ってはいるけど記憶の奥に追いやられてしまった楽曲がよみがえると、カバー曲好きの私は黙っていられません。 しかも、薄っぺらな歌真似ではなく、聞き応えたっぷり。

こうなると、あとは堰を切ったように全国各地へ。 とにかく、「さやかさんの顔が見たくて」、「さやかさんの声が聞きたくて」。 「ナマさやか」に、たくさんの元気をもらいました。

そして…。 さやかさんの魅力に触れれば触れるほど、同業他者さんの店頭キャンペーンはどんな感じなのか?興味を持ち始めました。 一部では「新人演歌歌手の下積み」と言われる店頭キャンペーンですが、1980年代のアイドル歌手がデパートなどで催すミニライブを体験している私にとっては、 現場に足を運ぶことにも、店頭キャンペーンのスタイルにも、何の抵抗もありませんでした。

そんないきさつで顔を出し始めた「敵情視察」。 広義で、または狭義で、さやかさんと同じカテゴリーとされる複数のアーティストさんの店頭キャンペーンを何度も見たのですが…。

他者さんの店頭キャンペーンで得たものは、奇しくもそのアーティストさんの魅力ではなく、「さやかさんはすごいんだ!唯一無二なんだ!」という再認識でした。 続いては、それをどんなところに感じたかを記してみます。

第一に気になったのは、なぜか他者さんにはグイグイと引き付けるようなオーラが感じられないこと。 また、同じアーティストさんのキャンペーンを何度見ても、同一の内容に終始してしまっていること。 「イチゲンさんに新たに興味を持ってもらうためには、標準的な構成が絶対条件なのだ。」と百歩譲ってみても、毎回寸分違わないステージを見てもねぇ…。 根本的に、リピーターに期待などしていないのではないか?と疑問に感じます。

この点、さやかさんのイベントにおいては、披露される楽曲が多岐に渡り、予想もつかない選曲に驚くことも日常茶飯事ですよね。 ポップスあり、フォークあり、演歌も洋楽もあり。 前述の"いきいきとした歌唱"もさることながら、見る度に新しい発見があります。 リピーターからすると、「こういうスタイルのイベントだから、あの曲が聞けるかも…。」などと予想するのも楽しみと言えます。

それに加えて、クリアで、まっすぐで、それでいて力強い歌声が心地よくて。 切なく悲しい楽曲もその声で世界観が倍増して感じられ、過去には『折鶴』や『手紙』でボロ泣きしたこともありました。 変に起伏をつけて歌うよりも効果絶大間違いなしの歌唱は「楷書の美学」とでも表現したいほどです。

もうひとつ、他者さんの現場にて。 サイン会やツーショット・ワンショット撮影の折、アーティストさんが一部の常連ファンと延々とおしゃべりしたり、何ポーズも写真撮影に応じたりする光景には、 毎度のことながら閉口しちゃいます。 これでは最悪の場合、せっかく興味を持ち始めた新参のお客さんが「常連以外は、本人に一言のエールを送ることさえできない。」とアウェー感を抱くことも有り得るでしょう。

これも、さやかさんの現場に当てはめると、誰に対しても均等・平等に接してくれるし、そればかりかお客さん個々のツボを押さえた対応を取ってくれるますし…。 常連だろうが、初参加だろうが、または通りすがりだろうが、関係なくイベントを楽しめる訳なのです。

いつだったか、「神園さやかには"癒し"の効果がある。」という話題が出たことがありました。 観客にとって、自分の存在を認識してもらえるというのはとても嬉しく、親しみを持つものです。 また、アーティストさんを独り占めする常連ファンが皆無なことで、イベント参加回数が少ないひとも自分の居場所があるという安心感が生まれるのだと思います。 ひいては、その安心感によって、ひとりひとりが「隙あらば、我れ先に…。」と殺気立つ必要がないという、さやかさんの現場最大の長所とも言える、 とても和やかな雰囲気の根源になっているのでしょう。

こんな感じにいろいろと考えさせられる「敵情視察」ですから、他者さんの歌唱やMCを観覧しながら 「今、ステージに立っているのがさやかさんだったら…。周りにいるのが、馴染みのさやかファンの面々だったら…。」と思ってしまうことがたびたびあります。

複数のアーティストさんを掛け持ちしていることを堂々と公言する観客。 MCの一言一句にいちいち反応する割には、アーティストさんが展開するゲームやアトラクションには無関心さを如実に表す観客。 アーティストさんだって、がっかりするだろうな…なんて思っちゃいます。

しっかし、対タレントとしてではなく、ひととの接し方として、これはどうなんでしょうね。 ステージに立つアーティストさんが何を求めているか、何をしたら喜んでくれるのか。 それをしっかり考えることができ、行動することができる。 それが、神園さやかファンの持ち味であることに異論を唱える余地はありません。

私は、アーティストさんが提供してくれる内容をただ受け止めるだけの、トップアーティストのコンサート然とした店頭キャンペーンには違和感を覚えますし、 一線を引きたくなってしまいます。 手が届くくらいの距離にお目当てのアーティストさんがいるのですから、一緒にイベントを作り上げたいと考えています。 そして、「私はあなたを見ていますよ」という気持ちを最大限に伝えたいのです。

こんなことを発言すると、「中学生の擬似恋愛じゃあるまいし…。」と笑われてしまうかも知れません。 でも、間違っても、「営業だから…。」とか「結局、CDを売りたいのか…。」などとアーティストとして当たり前のことをわざわざ言葉にし、 物事を現実視の名の下にサメた視点で傍観すること(またはそれを装うこと)こそが正当であるかのような発言や行動はしたくありません。

大人の事情を理解した上で、現場をたっぷり楽しむ。 アーティストさんが仕掛けて来る演出には、全身で飛び込む。 ファンどうしが互いに妙な競争心を持たずに、和気藹々と。 応援する観客すべてが平等で、格付けや順位付けなど存在しない。 それが実現できるのは、さやかさんの気配りが散りばめられた「"神園"現場」だけなのです。 だから、現場で共存しているさやかさんとさやかファンが大好きなのです。

心が癒される夢の世界。 必ず何かしらの新発見があって、何度も訪れたくなる幻想の国。 東京ディズニーランドのことを、来園者はこうイメージします。 そして、誰ひとり「どうせ作り物なんだ。」とサメた物言いはしません。 さやかさんの現場にも、それと同じ空気があるのです。

東京ディズニーランドのファンが、ユニバーサルスタジオジャパンやサンリオピューロランドではなく東京ディズニーランドにこだわるように、 私にとって、さやかさんは同業他者さんの誰にも代えることのできない、ただひとりだけの存在だと言えるのです。

心を震わせるに足りる実力を有しながらも万人に平易に接し、愛らしく屈託のない仕草を見せるさやかさん。 特定の面々に偏重せず、誰彼なく受け入れることのできる間口の広い現場。 こういった全体の雰囲気こそが、神園さやかが好きな理由、神園さやかじゃなくてはならない理由なのです。


追記です。

取り止めもなく記した通り、私はさやかさんが好きです。 また、さやかさんを支えてくれているスタッフさんやお店さんなども好きです。

だからこそ、気になってしかたないのが…、 マネージャーのクマさんの病状。 さやかさんの後輩の「夢☆星たち」のその後。

いろいろと事情があるかと思いますが、可能な範囲で構わないので…。

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